+甘い微熱+P9



「ダメだ。風邪がうつるだろ」
「熱をガツンと出せば治るっていうのが定説じゃねえか」
「無理言うなよ。いまは微熱まで下がったけど、この風邪、結構つらいんだぞ。咳がなかなか止まらないし。ディオにうつすのは……嫌だ」
「おまえの熱なら、苦しくても味わいたいんだがな」

そう言いながらも、ディオはあっさり引いてくれた。俺が普段より弱っていて、ろくに言い合いもできないことがわかったからかもしれない。

「でも、そばにいるぐらい、いいだろ?」
「……うん」

ディオの声に頷いた。
毛布の中にごそごそもぐり込んできた骨っぽい手が、俺の手を探り当てて掴む。

「やっぱり、いつもより手が熱いな」

指を絡めるように俺の手をゆっくりと握り締め、全身のだるい感覚をやわらげるように揉みほぐしてくれるディオと目が合うと、このまま眠ってしまいたいほどの安心感に包まれる。
さっきまでがらんとしていただけの部屋が、いまはとても心地よく感じられる。
ただディオがいるだけで、こうやって手を握ってくれるだけで、心細さや、さみしさや、そんな弱った気持ちが、ひとつひとつ、丁寧に、温かくとかされていく。

「眠るか? それともなんか欲しい物、あるか?」
「……少し喉が渇いた。飲み物が欲しい」

穏やかな声が降ってくる。甘やかすようなその声色にそそのかされて、ついねだってしまう。

「ああ、そういや、おまえに差し入れを預かってきたんだ」

ディオが、ジャケットのポケットからちいさな紙パックに入ったリンゴジュースを取り出し、手渡してくれた。

「あ、これ……慧からだろ? 覚えててくれたんだ、あいつ」
「おまえ、これが好きなんだってな」
「うん。俺、ちいさい頃はよく熱を出すほうだったんだ。慧とは幼馴染みだから、俺が学校を休むと、リンゴジュースをうちまで届けてくれたんだ。懐かしいな……」
「――……へえ?」

受け取ると、ディオが空いた手で器用にストローを差してくれた。片手を握られたまま起き上がり、一口飲むと、さっきのはちみつと混ざって、懐かしい味がした。

「慧の家になったリンゴで、おばさんが作ってくれたリンゴジュースは冷たくて甘くて、すごく美味しかった。慧は、それを飲んで早く元気になれって、学校に来るのを待ってるって言ってくれて……あ」

不意に、俺の手を掴むディオの手に、ぐいっと力が入った。痛いほどの力に驚くと、ディオはしかめ面をしている。

「……どうしたんだ、ディオ?」

問いかけに返ってきたのは、深い深いため息。

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